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第257話

瑛介の髪は乱れ、顔には焦りの色が浮かんでいた。彼の身体からは、外の寒さがまだ感じられた。

弥生は瑛介が自分を探しに来たことを知っていたが、実際には奈々を探していて、自分の電話を取る暇さえなかったのだろうと察していた。あるいは、何か事情があって電話を取ることができなかったのかもしれない。その詳細については、弥生は深く考えることを避けたかった。

そのため、瑛介が駆けつけてきたとしても、弥生の心中には特別な動揺はなかった。

しかし、二人の関係を表面上維持するために、彼女は落ち着いた声で首を横に振った。「心配しないで、大丈夫よ」

彼女の声は安定しており、驚いた様子もなく、瑛介が電話を取らなかったことで失望している素振りも見せなかった。

しかし、瑛介にはそのようなことに気を配る余裕はなかった。彼は腰を曲げて弥生を抱き起こした。

弥生は一瞬、身体が浮いた感覚に不安を感じ、反射的に瑛介の首に手を回そうとしたが、手が動いた瞬間に点滴の針を引っ張り、痛みが走った。その痛みで彼女はすぐに目が覚め、動くことをやめた。

弘次が口を挟んだ。「瑛介、何やってるんだ?」

瑛介は冷たい表情で言った。「検査を受けさせるために連れて行くんだ」

「検査はもう終わってるよ」弘次が冷静に答えた。

「もっと詳しい検査が必要だ」

弘次は笑顔を崩さず、「彼女の手には点滴の針が刺さってるのに、気づかなかったのか?」

瑛介は言葉に詰まり、初めて弥生が点滴を受けていることに気づいた。そして、彼は先ほど彼女を抱き起こしたときに、彼女を痛めつけてしまったことに気づき、すぐに彼女をベッドに戻した。

「怪我したか?」瑛介が優しい声で尋ねた。

弥生はベッドに横たわり、瑛介の優しい声を聞いて、皮肉な気持ちになった。

自分が困っていたとき、彼は電話さえ取らなかった。

今更心配して、何の意味があるのか?

しかし、弥生は既に気持ちを整理していた。二人は恋人同士ではないので、彼には自分が期待するような責任を果たす義理はない。

そこで、彼女はいつもの笑顔で答えた。「大丈夫よ」

その笑顔に、瑛介は眉を寄せ、何か言いたそうだったが、病室に他の人がいることを考えて、言葉を飲み込んだ。

「ゆっくり休んで。点滴が終わったら、また詳しく検査を受けさせてあげるから」

弥生は再度詳細な検査を受けるつもりはなかった。
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